四国遍路をきっかけに街道歩きを始めましたが、百街道踏破後の再スタートは篠栗の遍路から始めました。
四国と比較して規模は小さいものの、山また山のアップダウンが激しい道でした。
膝に爆弾を抱えている身としてはかなり厳しい旅になりましたが、ユックリユックリ歩いて無事結願することが出来ました。

「百街道踏破記念ウオーク」と称して、「唐津街道赤間道」を会社の仲間と歩き、無事百街道を踏破しました。
日本縦断、日本一周、そして今回の百街道踏破と一つ一つ段階を積み重ねて、今日を迎えることができました。それぞれの場面で会社の仲間が出迎えてくれ、また、約17年ほどかかりましたが、この間色々な方々に助けていただいたことも大きな力になりました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
これから暑くなりますので一休みして、その後も体力の続く限り歩きを続けていきたいと思っていますのでよろしくお願い申し上げます。

暑さが厳しくならないうちに、コロナが落ち着いているうちに、集中して歩いています。
九里半街道は一部中山道と重複している部分があり、16年前のちょうどこの時期に中山道を歩きましたので、本当に久しぶりに中山道を歩いてきました。
覚えている部分と全く記憶に残っていない部分がありましたが、当時を思い出しながら楽しく歩いてきました。

木曽街道の善師野宿と土田宿の間にある石拾峠は難所だったということでしたが、現在は東海自然歩道になっていて、きれいに整備されており、高低差もさほどなくて歩きやすい道になっていました。

底井野往還はマイナーな街道ということもあって、標識等は全くありませんでした。ただ自宅からそれほど離れていない街道で、距離も短い街道だったため、日帰りで歩くことができましたので、その点は楽でした。

どちらも平坦な道で、この時期にしては寒さもあまりなく、標識も随所にあって歩きやすい街道でした。
街道の沿線には昔を偲ばせる造りの家屋が散在していて、街道の面影を感じながら歩いてきました。

佐屋街道は東海道の脇街道で、熱田から桑名宿へむかう道だったが、一部が津島街道下街道とも呼ばれており、津島街道は上街道と呼ばれていて、ともにほぼ平行している道でした。
平坦な道で、距離も短い街道だったので、膝に不安を抱える身にとっては、歩きやすい街道でした。

今年の4月に伏見街道を歩いていて、右膝半月板を損傷しました。左膝の半月板も以前に損傷していて、手術を2回していましたので、今回で両膝ともに故障したことになり、もう歩くことは厳しいかな?と思っていましたが、何とか落ち着いてきましたので、歩きを再開することにしました。これまでより一日に歩く距離を短くし、ユックリ、ソロソロと歩いて、できれば今後も歩きを継続していきたいと思っています。

コロナの感染者数が高止まりしているものの、一応小康状態を保っており、一方で感染再拡大の声も出始めているため、この期間を利用して香川県、徳島県の街道を歩いてきました。桜が満開で気持ちよく歩くことができたのですが、この時期にしては記録的な暑さということで、すっかり日焼けしてしまいました。

コロナ禍で歩くことができないまま一年が終わるのかな、と思っていましたが、幸い12月に入って落ち着いてきたことから、歩きを再開することができました。
今年はとりあえず四国を歩きましたが、来年もまた継続して歩くことができる毎日が来るといいなと思っています。
それではよいお年をお迎えください。

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