膝の半月板の手術後、初めての街道歩きでした。街道歩きはほぼ1年ぶりだったのですが、何とか歩き終えることができました。横大路は平坦な道の為、膝の負担も少なくて助かりました。実際に歩いてみて、まだ膝の状態は完全復活ではないことがわかりましたが、それでも歩き終えることができたので、これを契機として少しずつ歩きを再開していきたいと思っています。

御代参街道は春日局が伊勢神宮から多賀神社まで参拝する際整備された道で、西近江路と七里半街道は古来北陸と京都を結ぶ貴重な街道だったという。
いずれの街道も道はしっかりとしていて、迷うことが少ない道でした。
特に西近江路は沿道に古い寺社仏閣が数多く立っていて、歴史を感じることができる街道でした。

今回の旅で、京・大阪から高野山へ向かう4本の街道(東高野街道、西高野街道、中高野街道、下高野街道)と高野七口と言われる高野山へ登る7本の道(小辺路、町石道、京・大阪道、黒河道、相ノ浦道、有田・龍神道、大峰道)のすべてを歩き終えることができました。これでまた一つ目標にしていたことが達成されました。

どちらの街道も急坂等ありましたが、比較的わかりやすい道で、あまり間違うこともなく歩き終えることができました。
今回の歩きで高野七口のうち、五口を踏破したことになります。七口踏破までもう一息となりましたので、これからも頑張って歩きたいと思っています。

これで京、大阪から高野山へ向かう四本の街道をすべて踏破しました。
いずれの街道もほぼ直線で南へ向かっており、歩きやすい街道でした。
次の目標は高野山を登る高野七口をすべて踏破する予定です。

 高野山へ登る高野七口の一つ、黒河道は途中三つの峠を越えて高野山に至る道で、かなりの急坂が続く、厳しい道でした。今回はたまたま地元で行われている「雑事のぼり」という行事に同行させていただいたため、道に迷うこともなく、また道中色々と教えていただくことができて、坂道はきつかったけれど、楽しい歩きになりました。

京、大阪から高野山へ向かう道の1本で、堺から河内長野までの道です。この道が高野詣に最もよく利用されていた道だそうで、緩やかな上り坂の多い道でしたが、各所に道標や標識があり、わかりやすい道でした。
 日ごろは一人旅なのですが、今回は友人と二人で歩き、楽しい旅になりました。

 所用で京都に出かけるついでに歩いてきました。
 京都の天皇・公家を中心にして、高野山へ参詣に向かうルートが複数本あるのですが、東高野街道はその中では、最も長い道です。
 この街道は石清水八幡宮を起点にして、生駒山脈の西側山麓沿いを南へほぼ一直線に下る道で、歩きやすく、気候も良かったので気持ちよく歩くことができました。

日本書紀にも出てくるという日本最古の道、山の辺の道は南コースと北コースに分かれており、それを二日間で歩いてきました。
道は整備されており、また随所に標識が立っていて、とても分かりやすい道でした。
三輪山の山沿いをまわっている道に沿って、古い神社仏閣、さらに数多くの古墳があって、タイムスリップしたような感じを受ける街道で、距離も短く、楽しく歩くことができました。

剣豪の里柳生と奈良を結ぶ柳生街道は山の中の道でした。
沿道には数多くの石仏があり、昔をしのばせる、趣のある街道でした。
この道は東海自然歩道となっていて、随所に道標が立っていて、地図を見なくても歩くことができました。
新緑のきれいなこの時期、とても気持ちのいい道でした。

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