今回は前回と違って天候に恵まれたため、とても歩きやすい旅でした。
  これで浜街道はすべて歩き終わり、日本一周へ向けて残る街道は羽州街道のみとなりました。
 羽州街道はこの後、福島の桑折へ移動、その後山形の南新庄まで歩きましたので、いよいよゴールが近づいてきており、なんとか暑くなる前に旧街道を歩いて日本一周を達成したいと思っています

新潟から村上、村上から鶴岡と海沿いの道を歩いてきましたが、
ここも天気が悪くて、寒かったです。
当初は村上から鶴岡までは山の中を通る出羽街道を歩こうと思っていたのですが、、まだ雪が積もっていて歩くことができそうになかったため、海岸沿いを歩きました。
また歴史の道調査報告書によると新潟から村上までは浜通り、村上から鶴岡までは出羽街道浜通りとなっていましたが、同じ日に二つの街道を跨いで歩くようになったりしたため、便宜上今後歩く予定にしています秋田までを浜街道という名称で統一させていただきました。
ご了承ください。

佐渡の金輸送のための重要な街道であった北国街道を無事に踏破することができました。
ただこの時期の北陸は天候が悪く寒かったです。
冬の荒れる日本海をたっぷりと堪能(?)してきました。

 2006年11月にHPを立ち上げて、5年4カ月で来訪者が延べで50万人に到達しました。
 いつも書いていますように、これほど多くの方においでいただくとは、自分でも思っていませんでしたので、とてもうれしく思っています。ありがとうございます。
 現在は北陸以北の調査もほぼ終えており、いつでも歩き始めることができる状態になっていますが、まだ向こうは雪が降っているようなので、もう少し先、3月の最後の週あたりを狙っています。
 早く青森油川へ到着して、旧街道を歩いて日本一周を達成したいと思っています。
これからもよろしくお願い申し上げます。

 この時期の北国街道は紅葉に彩られて、とてもきれいでした。また、浅間山や千曲川を目にして旅情にそそられた旅でもありました。

 この街道は加賀前田藩をはじめ北陸の殿様の参勤交代の道であり、また佐渡の金を運んだ道でもあって、標識はあまりなかったものの、道ははっきりしていて、とてもわかりやすく、快適に歩き通すことができました。
 新潟県に入りましたので、「旧街道を歩いて日本一周」達成が視野に入ってきました。

 11日間かけて福井の九十九橋から高田まで歩いてきました。
長い距離を歩くと、事前調査、歩き、そしてHP作成と全てに時間がかかりましたが、何とかアップすることができました。
 この街道は一か所、藪になっていて歩くことをあきらめたところがありましたが、それ以外は道が残っていて、(というか、歩くことができる道を歩いたというほうが正しいのかもしれませんが。。)比較的歩きやすい街道でした。
 ただ「親不知」は歩道のないトンネルが延々と続いていて、これは怖かった!
さしずめ現代版の親不知といったところでしょうか。
 これまで数多くの街道を歩いてきましたが、恐怖という点では最も記憶に残るところでした。
 ようやく北陸道が終わりましたので、早速、明日から北国街道を信濃追分から歩く予定です。

 5か月間で延べ10万人の方に訪問していただいたことになります。ピッチが益々上がってきていて、少々戸惑っていますが、いずれにしましてもありがたいことだと思っています。

 現在は新潟県高田までの北陸道と、中山道の信濃追分から分岐し、高田を経由して新潟まで続いている北国街道の調査を行っています。北陸の冬は厳しいと聞いていますので、今年中にこの間のすべてを歩くことができるかどうか疑問ですが、「旧街道を歩いて日本一周」達成が身近に感じられるところまできました。
 涼しくなれば歩き始める予定ですので、今後ともよろしくお願い申し上げます。

 滋賀県米原近くの鳥居本宿から中仙道と分岐して始まる北陸道を今回は福井まで歩いてきましたが、梅雨の合間であまり暑くもなく、気持ちよく歩くことが出来ました。
 沿道には親鸞や蓮如に関係した土地柄からか、数多くの題目石が立っていたのが印象的でした。
 最近はさすがに暑くなってきましたので、歩きは秋から再開する予定です。

 伊勢街道はお伊勢参りとして栄えた街道で、文政13年(1830)には当時の人口が約3千万人に対し、年間で500万人もの参詣者があったそうで、大変賑わいだったようです。
 沿道には各所に大きな常夜燈が立ち、山神も数多く祀られ、又、古風な連子格子の家も目立ちました。

 これで紀伊半島を一周しましたので、次からは北陸へ歩を進めたいと思っています。

 竹内街道は堺から奈良の長尾神社を結ぶ道で、わが国最古の官道といわれており、沿道には古墳や陵墓が数多く存在していて、歴史を感じさせる道でした。
 道は平坦で随所に標識があって、歩きやすい道でした。
 
 今回は会社の仲間と二人で歩きました。同行者がいたのは奥州街道以来二回目ですが、道中色々と話をしながら歩くことが出来たので、楽しい旅になりました。

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