東海道を歩く

2007年03月13日(火) ~2007年03月30日(金)
総歩数:756832歩 総距離:514km

2007年03月25日(日)

東岡崎~知立~豊明駅

                                雨のち曇り

 朝起きて外を見るとかなり激しい雨が降っている。これを見て先を急ぐ旅でもないので、今日は先に進むことをあきらめる。朝食時にホテルに今日部屋が空いているかどうか確認すると、空いているとのことだったので、もう一泊する旨伝える。今回の旅はここまで本当に天候に恵まれており、歩く上では非常に助かった。そんな中こうして一日雨で休むのもいい休養、リタイアして自由な身になった特権をここで行使する。

 9時42分 いきなり揺れが来た。地震だ。テレビで能登、石川を震源地とする地震があったと報道している。岡崎でもこれだけ揺れたのだから、かなり大きな地震だったのだろうと推測する。
外を見ると雨が、あら、止んでいる!
 もうこうなると落ち着かなくなるのが私の性格。ベットメイクでホテルの人が来たのをキッカケに少し歩くことにする。

 10時30分出発。矢作川を渡る。大きな川で橋の架け替え工事をやっていた。今日は荷物をホテルにおいてきたので身体が軽い。こんなことなら今日も歩けばよかったとつい思ってしまう自分がいる。じっとしているのが苦手、生来の貧乏症なのでしょうね。
 橋を渡って右折し、すぐに左折して直進すると右手に誓願寺があり、更に行くと信号猫田で国道一号線に合流する。
 しばらく一号線を歩き、信号尾崎東から旧道に入る。ここは松並木があり、車の交通量も急に少なくなる。
 11時50分 永安寺の前を通る。ここは延宝5年(1677年)刈谷藩が過酷な年貢を課したので、庄屋助太夫は反対を申し出て助郷の免除を願い出たが、藩は助太夫を処刑してしまった。昔は自らの意見を具申するだけで命がけだったわけで、現在では考えられないことが当然のこととして行われていたのだ。永安寺はこの助太夫を祀っている。また樹齢300年を越えるといわれる大きな松が植えられていたが、これは助太夫宅にあったもので、枝は東西に17m南北に24mに渡って広がっており、その姿から雲竜の松といわれている。中々貫禄のある姿だった。
P3170114-1
 安城市と知立市の境界になっている猿渡川を渡って少し行くと来迎寺の一里塚跡がある。日本橋から八十四里目のこの一里塚は道を挟んで両側に塚が残っている。
P3170118-1
塚の前はゴミの収集場所になっていた。・・・・・・
 今日も街道の所々に松並木が現れる。知立の松並木はなかなか立派なものだった。
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 13時55分 知立本陣跡を通る。
 岡崎宿から3時間50分 21118歩。
 本陣跡から少し行くと国の重要文化財に指定されている多宝塔がある知立神社がある。境内が広く重厚さを感じさせる神社だ。
 相妻川に架かる逢妻橋を渡ってやがて国道1号線に合流し、しばらく国道を歩く。
 今岡歩道橋があり、そこから斜め左に入ると旧道で、ここをしばらく歩くと名鉄富士松駅の前を通る。ここで引き返そうかと思ったのだが、まだ時間も早いのでもう一つ先の駅まで歩くことにする。境川にかかる境橋を渡る。ここも読んで字の如しで三河と尾張の国境の橋だ。現在では刈谷市と豊明市の境になっている。ここから少し行ったところに名鉄豊明駅があったので15時10分の電車で東岡崎まで戻る。

 結局、今日は半分休養したような、歩いたような妙に中途半端な一日になってしまった。

本日の歩行時間 4時間40分 
本日の歩数&距離 26758歩(約18.2km)

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