奥州街道(奥道中)を歩く(仙台~青森)

2008年04月07日(月) ~2008年04月27日(日)
総歩数:788463歩 総距離:537km

2008年04月19日(土)

五戸で一休み

                                     雨  
天気予報で今日は終日雨ということだったので、一休みすることにする。青森の東北町に田中さんという、青森の街道会議のメンバーの方がおられてご連絡を頂いていた。鐙さんからご連絡がいっていたようだ。その田中さんから紹介をされたといって、八洲スペースコンサル(株)の部長をされておられる對馬さんが宿を訪ねてこられ、街道に関して調べられたことをお話していただいた。奥州街道は旧来の道と江戸後期以降の道では場所も異なっており、特に古道と称される道は消滅してしまったところがかなりあるようだ。
 我々は奥州街道を通しで歩いているということもあって、比較的痕跡の残っている江戸時代後期の道を歩いているが、對馬さんはどちらかというと古道を中心に調査されているようだった。
 その後、十和田市教育委員会で課長補佐をされている赤坂さんがおいでになり、明日歩く道の案内をしていただくことになった。歩く前の調査の段階で、地図では分かりにくいところを十和田市に問い合わせたのだが、その際対応していただいたのが赤坂さんで、とても親切にしていただき、私が歩く際は連絡をしてくださいと言っていただいていたのだ。車に同乗させていただき色々と説明を受けながら進む。
 伝法寺のあたりはわかりにくく、私有地の中を歩く場所があって、その際にはわざわざそのお宅に我々のことも含め断りを言っていただいたりした。
 この予行演習のお陰で次の日とてもスムーズに歩くことができた。
 昼になって十和田市中央公民館に行く。ここで「むらさき保存研究会」の皆さんをご紹介していただき、皆さんの手作りの昼食をご馳走になる。この会は平成9年に発足した会で、現在会員20名、月に一回こうして集まって草木染をされているそうだ。この地では南部紫と呼ばれるムラサキやアカネを古くから産出している。鎌倉時代の文献にもその名前がでており、江戸時代には南部藩の重要な特産物として栽培されていたそうだ。現在、日本むらさきは絶滅危惧種とされているそうで、ここで皆さんが栽培、活用をされておられるということだった。
 記念撮影をしようとしたが、撮った写真がピンボケだ。おかしいと思って再度撮りなおしてもやはり同じ結果だ。
 中山道を歩いたとき、カメラが使えなくなったことを思い出して接触面を拭いてみたが回復しない。困ったなと思っているとメンバーの中の一人の方がカメラ屋さんということで、急遽ご主人に見ていただくことになった。結局、私が変なところを押していて「接写」状態になっていたことが分かり無事解決、ホッとする。日ごろカメラなんて扱わないのでちょっとしたことでも自分では対応できないのだ。もう少し勉強しなければ。
 ここで修復できたので、これ以降の旅でもカメラを使うことができとても助かった。
 回復したカメラを使い、皆さんに実際に染めた布を持っていただいて再度撮影をした。この会に男性の方が二人おられたので、ご一緒に写りませんかとお誘いしたが、「いや、いいです」といわれてしまった。
2008041901 
 ここで皆さんとお別れし、七戸まで行って一応の道と距離の感覚を確認することができた。最後は車でホテルまで送っていただいたが、赤坂さんには貴重なお時間を我々のために割いていただき本当にありがたかった。また、草木染の皆さん、とてもおいしい食事をありがとうございました。
 赤坂さんはその後、帰りがけにもう一度ご自分で確認をしてみたが、伝法寺のところで我々に教えた道は間違っていて、ある場所のY字路を左に進むといったが、あれは右へ進むほうが正しい道でしたとわざわざ電話をいただいた。こういうご親切は心に沁みるものである。感謝。
 宿に帰るとデーリー東北新聞社の澤田五戸支局長がおいでになり、取材を受ける。その中で「何のために歩くのか」という質問があり、三好さんも私もともに「達成感を得るため」と同じ答えを出した。二人とも同じ気持ちで歩いているのだと改めて思った。三好さんはまた「年をとったからできないと、できないことを年のせいにしてはだめだ」とも言われていた。確かに年齢を感じさせないお元気な方だ。
 夜、マッサージを受ける。歩いていることを話すと入念に長い時間をかけて全身をほぐしてくれた。とても上手で気持ちがよかった。
 今日は休養日といいながら、地元の方々に数多くお会いすることができて楽しい一日だった。

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