二回目の四国遍路を歩く

2013年11月19日(火) ~2015年02月22日(日)
総歩数:1678682歩 総距離:1146.8km

2013年12月19日(木)

清水川荘~39番延光寺~40番観自在寺~山代屋

                                          曇り

 6時47分に出発する。21号線を進むが、雨が止んで間がないようで、道路はまだ濡れている。山の中の道を進んでいくが、山に霧がかかっていて幽玄の雰囲気を醸し出している。
幽玄の雰囲気1
 山を下ると宿毛の市街地に入っていくが、急に車が増えてくる。更にその先で56号線に合流して進むが、ここも車が多い。
 「39番札所延光寺」に着く。ここは「修行の道場」最後の霊場で、竜宮城伝説がある。平安中期、竜宮に棲んでいた赤亀が背中に銅の梵鐘を背負ってきたという。僧たちは早速これを寺に奉納して、これまでの山号、寺名を「赤亀山延光寺」に改めたという。
延光寺
 8時58分に出発すると、すぐ先から右手に遍路道があり、山の中に入っていく。ところが一昨日、昨日の雨で地面がぬかるんでいて、平坦なところはまだいいが、下り坂になると、周囲から道に水が流れ込み、道が水路になっていて極めて歩きにくい。今朝、宿を出るときに、宿のご主人から昨日までの雨で山道は大変だろう。松尾峠を越えるのは厳しいと思うので、56号線を行ったほうがいいと勧められたのだが、その指摘が的中したようだ。これで今日は松尾峠を歩かずに56号線を行くことにした。遍路道から56号線に合流して宿毛の街中を進んでいくと、右手に「宿毛一里塚」跡碑が建っている。土佐には甲浦から宿毛松尾坂まで50箇所の一里塚があったという。
宿毛一里塚
 宿毛の街中を抜けると、山の中の道のようなので、とりあえず昼食を確保しようと思ってコンビニを探すが、意外にない。街中から56号線に合流したところにようやく一軒だけあったので、ここで例によっておにぎりを買う。地図にはレストラン樹里やらーめんたんぽぽといった店の名前が記されているが、これまでの経験から、現地に行くと廃業しているというケースが多々あったので、とりあえず買えるところで買っておく。ここから56号線を進んでいくが、56号線は丁度松尾峠を迂回する形で通っている。ここを歩き始めると、急に風が強くなってきた。風はこの後もかなり強く吹いたので、これが昨日でなくてよかったと思った。この時期いつもそうなのか、あるいはたまたまなのかわからないが、とにかく風が強い日が多い。
 そのまま56号線を歩いていくと、上記の二つの店は営業をしていた。樹里のあるところはちょっとした集落があったので、ある家の階段に座って昼食にした。
 山の中の国道を歩いていくので、道に迷うことがなく、また、沿道に見るべき石仏や神社もなくて、黙々と歩く。
 途中、右手に「小川番所跡」の碑が立っている。松尾峠は土佐と伊予の藩境で、この碑が立っている篠川では領地争いがあったそうなので、番所がこの地にあったのだろう。
小川番所跡
 蓮華寺トンネルを通るが、トンネルの補修工事が行われていた。笹子トンネルの崩落事故後、あちこちのトンネルで補修工事が行われているのを見かける。
補修工事
 「40番札所観自在寺」のすぐ前に「三界万霊」とその横に天保6年(1835)の石仏がある。
三界万霊
 16時17分に観自在寺に到着する。愛媛県は「菩提の道場」といわれ、ここはその最初の霊場で、一番霊山寺からもっとも遠くにあり、「四国霊場の裏関所」とも呼ばれている。弘法大師が大同2年に平城天皇(在位806?09)の勅命を受けてこの地を訪れ、1本の霊木から本尊の薬師如来と脇侍の阿弥陀如来、十一面観音菩薩の三尊像を彫造して安置し、開創したとされている。この本尊と脇侍は2度の災難を奇跡的に逃れ、本堂に安置されているという。
観自在寺
今日の宿山代旅館はお寺のすぐ前にある。
ここは前回も泊ったところだ。家は古いが、食事はよかった。また洗濯のお接待をいただいた。

 本日の歩行時間   9時間30分。
 本日の歩数&距離  56852歩、39.4km。

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